1999年10月30日付
毎日新聞の記事
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2000年7月 
スイスのジュネーブにて活動




ジュネーブにて
弁護団の打合せ

   


メルボルン事件について 
〜日本人で初めての選択議定書に基づく個人通報〜

1 メルボルン事件とは

 1992年6月17日、日本人観光客数名がオーストラリアのメルボルンにて入国しようとしたところ、そのうちの4人のスーツケースから総計13キログラムのヘロインが発見されました。4人とツアーリーダーの日本人の計5名が直ちに麻薬密輸の現行犯として逮捕されました。5人はマレーシアを経由してオーストラリアに向かったのですが、逮捕される2日前の6月15日、クアラルンプールにて4人のスーツケースを積んでいた車が何物かによって盗まれました。翌日、スーツケースをガイドが発見したのですが、スーツケースは全てズタズタに切り裂かれていました。4人は、ガイドから新しいスーツケースを手渡されて、予定どおりメルボルンへと向かいました。 そして、この4つのスーツケースからヘロインが発見されたというわけです。逮捕された5人は、全員が一貫して犯行を全面否認していました。しかし、当地のマスコミはジャパニーズマフィアの犯行として大きく報道しました。
事件から、約2年後、主犯格とされたツアーリーダーに25年、ヘロインの入ったスーツケースを持っていた4人(うち女性1名を含む。)に15年の判決が言い渡されました。その後、控訴審でツアーリーダーの刑は、20年に減刑されました。5人は現在、オーストラリアのビクトリア州にある刑務所にて服役しています。
 ツアーリーダーの日本人は、ちかぢか上告審が予定されていますが、他の4人は全て刑が確定しています。

2 メルボルン事件の問題点

 この事件で、逮捕された5人は現在まで一貫して犯行を否認しています。この事件の問題点は、いろいろあるのですが、捜査・公判を通じて、被告人らの攻撃防御がまったく充分になされなかったという点にあります。すなわち、

@  捜査時点において、能力のある通訳人が付されず、警察と被疑者の間で充分なコミュニケーションがなされなかった。
A  メルボルン空港において、すでに日本人5人は、麻薬密輸の嫌疑をかけられ、身柄を拘束された状態にあったのに逮捕の告知がなされず、かえって警察に協力を求められ、協力に応ずれば早期に釈放されるだろうと期待した5人は囮捜査等に協力させられた。その囮捜査で招集された録音テープ等が、公判で被告人らに不利な証拠として用いられた。
B  公判段階では、5人の審理は併合され、5人の被告人に対してたった1人の通訳人しか割当てられず、しかも通訳人の能力は充分ではなく正確性にかけ、被告人達は公判手続きや裁判官、訴追官、弁護人のやりとりが全く充分に理解できないまま審理がなされた。また、驚くべきことに通訳人は警察が選任した者であった。
C  通訳が不十分なため、法廷内外での弁護人と被告人との間のコミュニケーションも十分でなく、被告人らは自己の防御権等の理解が不充分なまま法廷に臨んでいた。
D  他に、陪審の問題や重要証人(ヘロインの入ったスーツケースを持ってきたガイドや逮捕されなかったツアー仲間2人等)の尋問がなされなかった。
等です。

3 メルボルン事件をめぐる支援活動―国際人権B規約違反と「個人通報制度」

 5人が逮捕されて、すぐに牧師のヤング氏を中心に在豪の日本人グループ約30名が、現在まで支援活動を続けています。
 そして、現地の支援グループと立命館大学国際関係学部教授の堀田牧太郎氏が2年前からコンタクトを取り始め、今年の6月17〜21日、山下潔弁護団長、堀田教授、田中が現地に入り収容されている5人及び関係者と会って調査し今後の活動方針を確認して来ました。
 被告人らが、刑事司法手続き全過程において、十分な攻撃防御の機会を与えられなかった事実は、世界人権宣言B規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約)の第9条2項(逮捕事実の告知)、第14条3項(a)(b)(e)(f)各号(理解する言語での犯罪理由の告知、弁護人との充分なコミュニケーション、証人喚問権、通訳の援助)に明らかに違反しています。
 オーストラリア政府は、日本政府と異なり、右国際人権規約のみならず個人通報手続きを定めた選択議定書も批准しています。
 そこで、この選択議定書に定める「個人通報制度」を利用すべく、今年の9月22日、我々42名の弁護団は4名の被告人の代理人として、国際自由権規約人権委員会(ジュネーブ)に通報しました。個人通報の目的は、オーストラリア政府に対し勧告を出させ、収容されている日本人たちの早期の釈放を求めることです。ただ、個人通報の用件として、国内の救済手段を尽くしていることが必要なため、現在上告審で係争中の1人は除外せざるを得ませんでした。
 今後の予定は、近日中に弁護団がメルボルンへ飛び、収容されている5人並びに現地の支援者との打ち合わせをし、来年にはスイスのジュネーブへの訪問を予定しています。また、関西学院大学前野育三教授がメルボルンにおられ、現地にて協力を得られることになっており、心強い限りです。
 個人通報を行ったからといって、人権委員会が直ちにこれを受理してくれるとは限りません。また、オーストラリアの司法権との緊張関係も当然予想されますし、通報が理由ありと認められるだけの証拠の提出も必要です。そこで、現在オーストラリア在住の支援グループの援助にて、捜査段階での供述調書の日本語部分をテープで掘り起こす作業をしています。この作業によって通訳の不十分性を明らかにし、証拠として規約人権委員会に提出する予定です。
 つきましては、本誌を借りまして、皆様に対し、弁護団への参加、協力、カンパ等支援を訴えます。よろしく御理解と御協力のほどお願い致します。