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一 |
五年前の夏のこと。当時、女流棋士であった林葉直子が失踪し、果してどこへ行ったのかと大騒ぎになり、インドの超能力者サイババのもとに行ったに違いないと、テレビのワイドショーが大々的に報じたことがあった。思えば、この事件は、日本人にサイババの名を知らしめるきっかけとなった。
この年の暮れには、日本テレビが、「霊能力者」宜保愛子をインドに連れ出し、サイババのアシュラムから衛星生中継して、サイババの偉大さを全国のお茶の間に伝えたことがあった。この年は、日本人にとって、まさにサイババ元年となり、翌年には系列各局が、サイババをテーマとした多くの特別番組を編成することになった。
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| 二 |
私は、宜保愛子の中継のあった数日後の一九九五年元旦に、はじめてインドを訪れていた。この日は、タイのバンコクからカルカッタに入り、生前のマザー・テレサをその教会訪ねていたので、マドラス、バンガロールと飛行機を乗り継ぎ、車でプッタパルティー村にあるサイババのアシュラム横の民宿に到着したころには、既に日付が変わろうとしていた。
当時、司法修習生であった私は、修習期間中に合計で四回インドを訪れることになったが、日本の日常生活では想像もつかない神秘的な体験を通して、インドの懐の深さを思い知らされたのである。弁護士一年生の時には、いやがる妻を無理やり連れて五度目のインドに出掛け、また、感慨深い事件に遭遇した。そのため、あれだけインドをいやがっていた妻が、今では再びインドに行ける日を楽しみにしている。
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| 三 |
帰国後、たまたま知り合った(何か特殊な才能があるとされる)複数の人から、私が前世をインドで送っていたことを指摘された。奇妙なことに彼らの指摘は、大筋において一致しており、そのうちの一人は、私の住んでいた付近の山の名前を指摘するとともに、自分もまたその山の麓に住んでいたのだという。この山の名前は、固有名詞であるにもかかわらず、以前インドで訪れた「アガスティアの葉」の記述とも一致していた。
私の六度目のインド訪問の目的は、この山が現実に存在しているか否かを調査することにもあったのである。
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| 四 |
私が、インドと日本との間を往復している間に、文壇では今は亡き遠藤周作が、「深い河」を発表し、静かなインド・ブームを演出した。
この小説は、過去の恋人でガンジス河畔で働く落ちこぼれ神父に会いに来た神父の過去の恋人など、様々な人生を抱えた登場人物がインドを旅し、生と死、善と悪の混沌としたヒンズー世界の中で、ガンジス河に象徴される人間の生を包み込む大きな存在と向き合う物語であり、一宗教を超えた根源的な「神」と問う深いテーマを秘めているとされている(日本経済新聞平成九年一一月二日「ウェーブ」等)。
遠藤周作氏は、カトリックであるにもかかわらず、晩年、ユングや河合隼雄の深層心理学に興味を示し、輪廻転生を好んでテーマに扱ったことから、権威的な一部の教会からは異端視されていた。善と悪、天使と悪魔をあまりにも明白に線引きする西洋教会哲学に違和感を覚え、ヒンズー教の国インドで、家族と希望なく死にゆく人々の死体を運ぶ神父の姿は、遠藤氏の最終的な理想像を表しているようである。
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| 五 |
サイババは、欧米では、既に数十年前から有名な存在である。ローマの教会から招待状が届いていることや、クリントン大統領夫人がお忍びでやって来たことが地元の新聞で報道されている。日本人にはあまり知られていないが、サイババは、自由を求めて世界中からインドにやって来たヒッピー達の象徴でもあった。実際、サイババのアシュラムを訪れると、ヒッピーとしてインドにやって来て住み着いたとしか思えない多くの白人にも少なからず出会う。
アメリカ人のヒッピー、アイザック・タグレットは、二十代前半に世界中を旅し、インドに行き着いた。彼は、「とうとう来たか。私はお前を待っていた。」という声を聞き、ふと見るとそこにサイババの写真があった。彼は、さっそくサイババのアシュラムを訪れることになるが、この時、サイババは、真っ直ぐ彼の方に歩いて来て、空中からヴィブーティ(聖灰)を物質化して手渡したのだという。その後、彼は、世界中にチェーン展開されたハードロック・カフェのオーナーとなったが、二度ほどサイババから命を助けられたのがきっかけとなり(そのため、世界中のどの店にもサイババの写真が飾ってある)、一億八〇〇万ドルで、カフェ・チェーンを手放し、プッタパルティー村にあるサイババ病院の建設資金としたのである(青山圭秀「真実のサイババ」二三六頁)。
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| 六 |
このように、プッタパルティーというインドの小村には、世界中から人が集まり、まるで国連総会さながらの様相を呈している。とくに、一一月下旬のサイババの誕生祭の時期には、少なく見積もっても数万人の人間が、一目サイババを見るために集まって来る。
この時期には、州最高裁判所の裁判官や国の高官達も訪れるため、村の入口には警察のテントでチェックが待っており、一人一人が滞在期間や国籍を質問される。サイババを支援するメンバーでないため、一人でひょっこりやって来た私も、警察署に連れていかれるはめとなった。
ここでは、日本人は、多くの外国人の一人に過ぎず、サイババを慕ってやって来た一人の人間以外の何者でもない。日本人の不得手なグローバリゼーションが、実は、ここまで進んでいたのだと実感させられる。「あと四百年もすれば、こんな風景が世界中のどこでも見られるようになるだろうね」と誰かが言った(絹川翔子「サイババの贈り物」四四頁)。
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| 七 |
インドは、文字どおり、宗教の国である。それぞれの街にはそれぞれに「聖者」が生活しており、彼らは、近隣住民の尊敬の対象となっている。彼らの多くは、信仰の結果、空中から、ヴィブーティー(聖灰)をつくり出すくらいの奇跡は何でもなく行う。少し実力のある聖者になると、コブラに咬まれた人間から毒を取り除くほどの奇跡をみせてくれる。
サイババは、そうした街の聖者の中でも、とりわけ偉大な能力をもつ存在であると思えば分かりやすい。実際、一回の滞在を数日で終わらせる私でさえ、いくつかの奇跡を目撃して来た。例えば、両脇を家族に支えられて辛うじて歩けるお婆さんが、サイババに手を引かれた瞬間にサッサと歩きだすといった具合である。その瞬間、会場に同席した人々は拍手をするが、次の瞬間には当然のことと受け止めてサイババの一挙手一投足に注目している。
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八 |
サイババの教えは、しごく単純である。神はたった一つであり、宗教もたった一つであるというのである。キリスト教徒はキリスト教を信じればよいし、私のような日本人は仏教を信じればよいというのだ。このような単純性こそが、世界中の人々から受け入れられる理由である。
ところが、この考えは、むしろヒンズー教の国インドの人々にとっては、極めて革新的である。サイババは、「たった一つのカーストがある。それは、人間というカーストである。」とも言っている。ところが、インドの人々にしてみれば、例えば、自分がシュードラのカーストであるのは、前世の因縁の結果となるわけだから、この世でいくら努力してみても所詮バラモンの人達を飛び越すことはできないと考えて来たからである。
「最後の大国」インドの経済発展を阻害する最大の要因は、カースト制度であると言われるが、案外、サイババのような街の聖者の教えが、ガンジーやネルーでさえなしえなかった反階級政策の実現に向けて風穴を開けるのではないかと、私は密かに期待している。
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| 九 |
さて、サイババは、今や有名になりすぎたため、個人的にお会いできる機会は、ほとんど失われてしまった。
ほんの数年前までは、日本人などほとんどいなかったにもかかわらず、今では年に数十組ものツアーが、サイババのアシュラムを訪れる。サイババが姿を現すプラシャンティーニラヤムは、大屋根で囲まれ、天井から吊るされた美しいシャンデリアが輝くこととなった。夕刻のダルシャンが終わり、付近に夜と帳が降りる頃には、会場全体が光り輝き、まるで天国にいるようである。
このような状況に少し居心地の悪くなった私は、どこか別のところにいる新しいサイババに出会うため、近い将来、またインド中南部の原野を駆け廻っていることと思う。
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以 上
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